長野県最南端の太鼓
    南信濃村遠山太鼓
  千と千尋の神隠し
のモデルの里の平均年齢59.7歳の太鼓打ちのミナサマ ('02.10.21)   

 

  人はなぜ旅をするか?
 ある人は珍しい景色を見に.またある人は珍しい物を食べに.ある人は珍しい物を買いに.人は日常では出会う事の出来ない,非日常を求めて旅をするのだと思う.その意味で,ワタシは,自宅から3時間かけて,南信濃村まで旅に出かけて大正解だった.遠山谷でなければ決して出会う事の出来ない,遠山谷の太鼓がそこにあったから.



南信濃村かぐらの湯.

 下伊那郡遠山谷一帯は,ご存じの様に霜月祭りの里である.最近は,スタジオジブリの宮崎駿がこの祭りに感動し,疲れた神々が湯治に来る里として,里千と千尋の神隠しのモデルにしたことで一躍有名になった.

 その,南信濃村.
最近の山村のご多聞に漏れず,50歳以上の村民が人口の2/3を占める村でもある.その村の,平均年齢60歳弱の太鼓グループの演奏会というので,大きな期待も持たないまま出かけた.

 遠山太鼓10周年記念演奏会が行われたのは,南信濃村のかぐらの湯(左画像)の中庭.入湯料500円がそのまま入場料という<暖かい>演奏会であった.

 ほとんどの方が50歳過ぎにばちを持ったというメンバー.前半は,既存の曲が淡々と続いた.この時点で,ワタシは文化の大衆化みたいな事を考えていた.和太鼓と言うと,若者音楽として捉えられがちだが,70才過ぎての太鼓もいいな.ただただ,楽しいから打つ.この事には,年齢は関係ないんだな......生き甲斐は必要だな,,と.でも,この演奏会が後半になって,見方はガラリと変わった.

  

 お祭りの主人公は多くの場合土地の年配者だという.まさにその通りだと思った.さっきまで必死にリズムを追っていた,年配の男性がお面をかぶって遠山太鼓を打ち始めた.そうしたら,途端に動作が艶っぽくなった.この時初めて,遠山太鼓の打ち手は実は霜月祭りの神楽の舞い手たちである事を思い出した.そうなのだ.遠山太鼓は,神楽そのものなのだ.太鼓の音は,我々が打つ気合いを込めた一発のドンとは明らかに違う,肩の力が完全に抜けた,何年も何年もかけて熟成された円熟のドンなのだ.決して難しいリズムではない.だけれども,人間の心の底にある何かを揺さぶる,遠山谷南信濃村の太鼓がそこにあった.一緒に見た人は,鳥肌がたったと言った.敬服です.南信濃村に旅して本当に良かった.今度は,大勢つれて見に来たいと思った(勿論温泉付きだよ〜ん).後ろ髪を引かれる思いで,けもの道の様な山道をヒタ走り帰宅した.

 
  
       


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